Amazonが提供するMarketing Streamは、従来の日次や週次の集計報告とは異なり、広告キャンペーンのパフォーマンスデータを時間単位でリアルタイムに配信する仕組みです。この仕組みを理解することで、EC事業者は従来は不可能だった「その場で広告を調整する」という意思決定が可能になります。本報告書では、Marketing Streamの概念から技術的な統合方法、実務的な活用シーンまでを、現役のEC運営者およびEC支援システム開発事業者の視点で詳解します。
Amazon Marketing Streamの基本概念と登場背景
従来の広告分析との違い
Amazon Marketing Stream(以下、AMS)の理解には、まず従来の広告分析手法との対比が有効です。従来、Amazon広告の出稿者は、Seller Centralやアドコンソールにアクセスして、前日や前週の集計データを手動で確認していました。このため、実際の広告パフォーマンスと確認のタイミングの間に、最大で数日のラグが生じていました。Amazonの内部データによれば、キャンペーンの最適化機会を逃すことで、年間で数十万円単位の機会損失が生じているケースが珍しくありませんでした。
AMSは、この「情報の遅延」を根本的に解決するために設計されました。AMS導入前の世界では、プロモーション期間中に売上が予想より落ちていても、それに気づくのは翌日以降です。予算は無駄に消費され、修正のタイミングは失われます。それに対して、AMSを使えば、キャンペーンの状況が変わった瞬間にそのデータをシステムに取得でき、同じ日のうちに対応できるようになります。
AMS配信の時間感覚
AMSは「ほぼリアルタイム」というキーワードで説明されることが多いですが、正確には「時間単位」のデータ配信です。具体的には、広告キャンペーン内で何らかのイベント(クリック、コンバージョン、予算の変動など)が発生してから、その情報がAMSを通じてEC事業者のAWS環境に到達するまでに、通常は数分から数十分程度のラグがあります。バッチ処理で「翌日の朝に昨日のデータ」という従来型と比べると、この差は劇的です。
実務的には、朝7時の開店直後に広告の反応が良いことに気づき、その朝のうちに入札額を調整できる、という使い方が可能になります。セール期間中に予算が想定より早く消費される傾向を検出して、その日のうちに予算配分を見直す、といったシナリオも実現できるようになるのです。
仕組み:Amazon Marketing Streamのデータ配信パイプライン
データ源と対象商品
AMSがデータを取得する源は、Amazon広告全体にわたっています。対象となるのは、Sponsored Products(検索結果上部の広告)、Sponsored Brands(ブランド認知広告)、Sponsored Display(ディスプレイ広告)、そしてAmazon DSP(Demand-Side Platform、より細かいターゲティングが可能な仕組み)の4つの広告商品です。これらのいずれかで実施中のキャンペーンなら、そのパフォーマンス情報がAMS経由で配信される対象になります。
実務的には、複数の広告商品を同時に運用している場合、従来は各商品のレポートを別々に確認する必要がありました。しかし、AMSを使うことで、これらのデータソースを統一されたパイプラインで受け取ることが可能になります。つまり、自社のデータウェアハウスやBI(ビジネスインテリジェンス)ツールに、複数の広告商品からのデータを一括で送り込める、ということです。
配信されるデータの内容
AMS経由で配信されるデータには、いくつかのカテゴリーがあります。最も基本的なのがトラフィック指標です。これはインプレッション(広告表示数)、クリック数、クリックスルーレート(CTR)などを含みます。次に、コンバージョンデータがあります。商品詳細ページへのアクセス、カートへの追加、そして最終的な購入までのファネルが段階的に配信されます。
加えて、予算使用状況に関するデータも含まれます。その日のうちにどれだけの予算が消費されたか、残予算がどの程度か、という情報がリアルタイムで把握できます。さらに、Amazonのシステムが自動生成する最適化提案や、キャンペーン設定の変更ログなども配信の対象です。これらのメタデータは、「何が自動で変わったのか」を追跡する際に役立ちます。
データ形式と転送メカニズム
AMSが配信するデータは、JSON形式で構造化されています。JSONは、プログラムやデータベースで機械的に処理しやすい形式で、タイムスタンプ(いつのデータか)、イベント種別(何が起きたか)、識別子(どのキャンペーンか)など、メタデータが組み込まれています。
転送先としては、2つの選択肢が用意されています。ひとつはAmazon SQS(Simple Queue Service)で、もう一つがAmazon Data Firehoseです。SQSは、メッセージキューの仕組みで、複数の小さなデータ片を順序立てて処理するのに向いています。一方、Firehoseはストリーミングデータを大量に取り込み、Amazon S3(クラウドストレージ)やデータウェアハウスに直接流し込むのに適しています。事業者の既存システムや処理方法に応じて、どちらかを選べる柔軟性が設計の特徴です。
Amazon Marketing StreamとAWSの統合アーキテクチャ
セキュリティと認証の仕組み
AMSとAWSの連携は、セキュリティを最優先として設計されています。AMS側がデータを送信する際、Amazon Adsと事業者のAWS環境(実際にはデータを受け取るSQSやFirehose)の間で、認証情報(クレデンシャル)を直接交換することはありません。代わりに、IAM(Identity and Access Management)ロールという仕組みが使われます。これは、AWSの標準的な権限管理メカニズムで、「このサービスには、この特定の操作だけを許可する」というルールを定義できます。
実務的には、事業者がAWS側でIAMロールを作成し、「Amazon Adsからのデータ受信を許可する」というルールを設定すれば、以後は認証情報をやり取りすることなく、安全にデータが流れます。これにより、パスワードやキーが漏洩するリスクが大幅に低減されます。
データパイプラインの流れ
AMSのデータフロー全体を、具体的に追跡してみましょう。まず、Amazon Ads側で広告イベントが発生します。例えば、ユーザーが検索広告をクリックした、という出来事です。このイベントがAmazon Adsの内部システムで記録されると、AMS側がそれをデータメッセージに変換します。その後、事業者が事前に指定した配信先(SQSまたはFirehose)に、そのメッセージが送付されます。
受け取る側では、事業者のシステムがそのメッセージを読み込み、自社のデータレイク(大量のデータを保管する倉庫)やBI ツール、あるいはリアルタイム分析エンジンに格納します。この一連の流れが、従来のバッチ処理(例:夜中に前日のデータ全体を抽出して処理)ではなく、数分から数十分単位で繰り返されるというのが、AMSの根本的な特徴です。
マルチリージョン対応と複数ストリームの管理
Amazon Adsはグローバルサービスで、北米、ヨーロッパ、日本、オーストラリアなど、複数の地域でサービスされています。それぞれの地域でキャンペーンを運用している場合、複数のAMS ストリームが立ち上がります。各ストリームは、その地域内のデータを配信するため、基本的に地域ごとのクラウドリージョン内で処理されます。
複数の地域でデータを一元管理したい場合、Firehoseの機能を使ってデータを別のリージョンに送ったり、Amazon S3のバケットレプリケーション機能を使ったりできます。ただし、リージョン間でのデータ転送には通信料金が発生するため、事業者は料金とデータの一元性のトレードオフを考慮して、設計を決める必要があります。
Amazon Marketing Streamで利用可能なデータ指標と分析の視点
測定可能な主要指標
AMS経由で取得できる指標は多岐にわたります。基礎的なレベルでは、インプレッション数(広告が表示された回数)、クリック数、クリック率です。これらにより、広告の露出度と初期的な興味度を測定できます。
次のレベルでは、コンバージョン指標があります。商品詳細ページへの訪問、カートへの追加、購入などが段階的に追跡されます。さらに詳細には、「このクリックの後、何日以内に購入に至ったか」というアトリビューション(貢献度の配分)も、Amazon Marketing Cloud(AMC)と組み合わせることで分析可能になります。
予算関連の指標も重要です。1日の広告支出、1クリックあたりの平均費用(CPC)、1購入あたりの広告費(CPA)、広告費用対効果(ROAS)などが、時間単位で追跡されます。これにより、予算が想定より早く消費される、あるいは遅い、といった異常を即座に検出できます。
Amazon Marketing Cloudとの違い
ここで重要な区別があります。AMS はデータ配信の仕組みであり、一方 Amazon Marketing Cloud(AMC)は分析プラットフォームです。AMSが「データを毎時配信する」という役割だとしたら、AMCは「そのデータを分析し、ユーザーが自由にクエリを書いてレポートを作成できる環境」という役割です。
実務的には、AMSで受け取ったデータを、事業者のAWS環境(Amazon RedshiftやAthenaなどのSQL対応システム)に保管し、そこから必要に応じてAMCにインポートして分析を深める、という使い方が一般的です。つまり、AMSは「データの流路」であり、AMCは「データの分析室」という関係です。
実装時の選択肢:SQS vs Firehose
Amazon SQSを選ぶ場合
Amazon SQSは、メッセージキューとしての歴史が長く、様々なカスタムアプリケーションと統合しやすい特徴があります。事業者が独自開発したシステム(例えば、自社の入札最適化エンジン)にリアルタイムにデータを送りたい場合、SQSは良い選択肢です。SQSからメッセージを読み出して、独自ロジックで処理し、その結果を再度Amazon Adsに反映させる、といった高度な自動化が実現できます。
ただし、SQSを使う場合は、事業者側で「メッセージを取り出して処理して、必要に応じて保管する」というワークフロー全体を構築する必要があります。つまり、プログラミングやシステム構築の負担が増えるという点は認識すべきです。
Amazon Firehoseを選ぶ場合
一方、Firehoseは、Amazon S3やAmazon Redshift、その他のデータ格納先に対して、自動的にデータを配信する仕組みです。設定さえ済ませば、以後はほぼ自動で動作し、事業者側の開発負担は大幅に軽減されます。特に、「とにかくデータを安全に保管して、後で分析したい」というシナリオに適しています。
また、Firehoseを使ってS3に配信したデータに対しては、Amazon AthenaというSQL分析ツールで直接クエリを書くことができます。プログラミング経験が少ない分析者でも、SQLの知識があれば分析可能になります。
費用とスケーラビリティの考慮
SQS と Firehose の選択には、費用も関わってきます。一般的には、Firehose を使ってS3に直接配信する方が、仲介的なメッセージ処理の層がないため、コストが低い傾向にあります。ただし、複雑な加工が必要な場合や、複数の異なるシステムへの分岐が必要な場合は、SQSの柔軟性が重宝されます。AWS の公式ツール(Pricing Calculator)を使えば、事業者の具体的な使用パターンに応じた費用見積もりが可能です。
スケーラビリティの観点では、どちらの仕組みも大規模なデータ量に対応するよう設計されています。AMS のデータ量が突然増えても、SQSやFirehoseは自動的にスケールし、ボトルネックは生じません。これは、AWSのマネージドサービスの大きな利点です。
広告商品別のAMS活用シーン
Sponsored Products での実時間最適化
Sponsored Products(検索連動型広告)でAMSを活用する場合、最も実用的なシーンは入札額の動的調整です。従来、Amazon Ads の出稿者は、1日の終わりに結果を確認して「明日の入札額を変更しよう」と考えていました。しかし、AMS を使えば、「この検索キーワードは今日の朝から反応が良い」ということに昼時点で気づき、その同じ日のうちに入札額を上げることができます。
具体的には、季節商材を扱う事業者が、週末セール初日の朝に「予想より売上が好調」と認識し、その朝のうちに重要なキーワードの入札額を20% 上乗せする、といった判断が可能になります。これにより、ピーク需要の時間帯に在庫を売り切るチャンスを最大化できます。
Sponsored Brands での認知拡大の追跡
Sponsored Brands(ブランド認知広告)では、AMS データから「このブランドキャンペーンから商品詳細ページにアクセスした人が、どの程度購入に至ったか」というコンバージョン率を追跡できます。ブランド認知は通常、長期的な効果測定が必要とされていますが、AMS により「今日のデータ」として数字が見える化されます。
実務的には、ブランドキャンペーンの予算配分判断を、より頻繁に見直すことが可能になります。「このブランドキャンペーン、実は購入意欲が高い層に到達していない」という発見が、日ベースで可能になるのです。
Amazon DSP での複雑なターゲティング最適化
Amazon DSP(より細かいターゲティングと複数のインベントリソースへの配信が可能な仕組み)では、AMS データの価値が特に大きいです。DSP では、複数の広告フォーマット(ディスプレイ、ビデオ、ストリーミング音声など)で同時にキャンペーンを実施することが多いため、各フォーマットの効率を個別に監視する必要があります。
AMS を通じて時間単位でデータを取得することで、「ディスプレイ広告は効率が落ちているが、ストリーミング音声は好調」という差を検出し、その日のうちに予算配分を調整する、といったことが可能になります。
Amazon Marketing Stream 導入時の実装ステップと注意点
前提条件の確認
AMS を導入するには、いくつかの前提条件があります。まず、事業者が Amazon Advertising の自己管理アカウント(Seller Central または Vendor Central)を持ち、実際にキャンペーンを実施していることが必須です。また、AWS のアカウントも別途必要で、SQS や Firehose といった AWS のサービスを利用する権限がなければなりません。
具体的な前提条件としては、AWS IAM で適切なロールを作成し、Amazon Ads 側と連携できるように設定する必要があります。これは、一定の技術知識や、AWS に詳しい担当者のサポートがあると実装がスムーズです。逆に、社内に AWS の知識者がいない場合は、AWS 認定パートナーやコンサルタントの支援を検討する価値があります。
導入後のモニタリング
AMS を導入した後は、データが想定通りに流れているか、定期的なモニタリングが必要です。AWS CloudTrail というログ監視ツールを有効にすることで、「いつ、どのくらいのデータがどこに送られたか」を追跡できます。万が一、データの流れが途絶えた場合、CloudTrail のログから原因を特定しやすくなります。
また、受信側のシステム(データレイクやBI ツール)が正常に動作しているか、定期的な確認も重要です。データが流れているのに、分析画面に反映されていない、という状況は、受信側のパイプラインが詰まっていることを示唆します。
よくある誤解と実装上の落とし穴
「リアルタイム = 瞬間」という誤解
多くの事業者が、「AMS はリアルタイムだから、イベント発生と同時にデータが届く」と期待します。しかし、実際には数分から数十分のラグがあります。ユーザーがクリックした瞬間と、そのデータが事業者の分析ツールに到達するまでの間に、AWS のネットワークを経由する時間が必要です。この理解がないと、「思ったより遅い」という不満につながる可能性があります。
受信側のシステム準備不足
AMS からデータが送られてきても、それを受け取るシステムが未整備では意味がありません。例えば、SQS にメッセージが溜まり続けるのに、実際に処理するプログラムがない、といった状況が起こりえます。AMS 導入の前に、「データをどこに、どのように保管し、誰がどのように分析するのか」というエンドツーエンドの設計を完成させておくことが重要です。
データ量の予測と費用計画の不十分さ
AMS で配信されるデータ量は、運用中のキャンペーン数や予算規模に応じて変動します。複数の地域で複数の商品を広告している場合、データ量は膨大になりえます。AWS の料金は通常、データ転送量や保管量ベースで計算されるため、事前に「月間でどれだけのデータが発生するか」を粗く見積もり、費用を予測しておくべきです。後になって「AWS の請求額が思ったより高い」という事態は避けたいものです。
セキュリティ設定の甘さ
IAM ロールの設定を誤ると、本来許可されるべきではない操作が許可されたり、逆に必要な操作が拒否されたりします。例えば、「Amazon Ads がデータを送信する権限」だけを持つべきロールに、誤って「データを削除する権限」も付与してしまった場合、セキュリティ上のリスクが増えます。IAM の設定は、最小権限の原則(必要最小限の権限のみを付与)に基づいて厳密に行うべきです。
関連するAmazon広告機能との組み合わせ
Amazon Attribution との違いと組み合わせ方
Amazon Attribution は、Amazon 外で実施した広告(Google Ads、Facebook など)がどの程度 Amazon での購入に貢献したかを測定するツールです。一方、AMS は Amazon 内の広告データのリアルタイム配信です。これら2つは補完的な役割を果たします。
例えば、事業者が「Google 広告経由で Amazon にアクセスした人のうち、実際に購入した人は何%か」を知りたい場合、Amazon Attribution を使います。一方、「Amazon 内の Sponsored Products 広告は今日いくつクリックされたか」を頻繁に確認したい場合は、AMS を使います。両者を組み合わせることで、「オムニチャネル視点での全体像」と「Amazon 内の詳細な時系列分析」が両立可能になります。
Amazon Marketing Cloud との統合ワークフロー
AMC(分析プラットフォーム)と AMS(配信パイプライン)を組み合わせる実装も増えています。AMS で受け取ったデータを一度 AWS 側に格納し、その後 AMC にインポートして、より深い分析を実施するというワークフローです。
具体的には、「今週のクリックデータから、購入に至る可能性が高いユーザー属性は何か」を SQL で分析し、その結果から新しいターゲティングセグメントを作成して、明日以降の入札に反映させる、といったシナリオが実現可能になります。
最近の追加機能:NCS CPG Insights Stream
2025年10月1日時点で、Amazon は AMC にNCS CPG Insights Streamという新しいデータセットを追加しました。これは、米国の1億2,700万世帯の購買データに基づいた洞察をもたらすもので、特に消費財(CPG:Consumer Packaged Goods)メーカーにとって有用です。このデータセットを用いて、「競合商品を購入している顧客」や「オフラインのみで購買している顧客」にターゲティングすることが可能になります。
AMS とこうした新機能を組み合わせることで、データドリブンな意思決定がより多角的に可能になっていくという流れが、Amazon の戦略の中に見られます。
実践的なAMS活用シナリオ:複数業種での事例
ファッション・アクセサリー業界での活用
季節変動が大きいファッション業界では、AMS の価値が顕著に現れます。例えば、夏商材の広告キャンペーンが、気象の変化や競合の販促に応じてパフォーマンスが日々変動するシーンを考えます。従来は、翌日のレポートで「昨日の売上が落ちていた」と認識していたものが、AMS を使えば、その日の朝の時点で「反応が鈍い」と察知し、入札額の調整や予算シフトを即座に判断できます。
ある実例では、初夏の時点で「予想より晴天が多く、日中の気温が高い」という気象情報から、冷感素材の衣類の需要が高いと予測し、そのカテゴリの入札をその日のうちに強化した事業者がいます。結果として、競合より先に需要をつかみ、シーズン中の売上シェアを伸ばすことができました。これが AMS のなす調整なくしては、翌日のレポート確認となり、機会を逃していたはずです。
食品・飲料業界での活用
食品や飲料は、天候やイベントに左右されやすい業界です。例えば、突発的に気温が上がった日に、冷たい飲料の検索が急増するといったシーン。AMS を通じてその日の午後にそのトレンドを察知し、関連商品の入札額を上げることで、その日のチャンスを活かせます。
また、期間限定の栄養補助食品やプロテインなど、トレンド感の強い商材では、ニュースやSNS での話題との連動性が重要です。その時の時間単位のデータから、「このキーワードの検索が急激に増えている」という兆候をキャッチし、迅速に予算を配分することで、短期的なブーストを最大化できます。
電子機器・ガジェット業界での活用
新製品発表後の初期段階では、消費者の関心度が急速に変動します。AMS を使うことで、「発表直後は検索が集中し、時間とともに沈静化する」といったパターンを日次単位で捕捉でき、初期の需要ピークに集中的に予算を投下する判断が可能です。
また、競合の新製品発表に対抗する場合、自社の関連商品の入札を即座に強化する必要があります。従来は「次の日の朝」の判断でしたが、AMS により「その日の午後」の判断に短縮できます。
AMS を活用した意思決定の質的変化
データドリブン経営への転換
AMS の導入により、広告予算の配分判断が、より多くのデータに基づくようになります。従来は、月次の大きな予算配分決定は経営層の判断に頼る部分が大きかったのですが、日次や時間単位のデータが見えるようになることで、中堅の実行層(キャンペーンマネージャーなど)が、より自信を持って判断できるようになります。
これにより、組織内での権限分散と意思決定の スピード化が同時に実現されます。経営層が毎日の細かい調整に関わる必要がなくなり、より戦略的な判断に専念できるようになるのです。
チームスキルと組織構造の変化
AMS のようなツールが組織に導入されると、求められるスキルも変わります。従来は「どの広告会社と付き合うか」「彼らのレコメンデーションを信じるか」という人的要因が大きかったのですが、AMS と SQL 分析スキルがあれば、事業者自身で根拠のある判断が可能になります。
結果として、データ分析スキルを持つ人材の重要性が高まり、採用や育成の方針も変わる傾向があります。また、外部のコンサルタントに頼る度合いも低くなり、内部ナレッジの蓄積が加速します。
実験と最適化の サイクルの高速化
従来は月次や週次のサイクルで実験と改善を繰り返していたのが、AMS により日次サイクルが可能になります。これにより、年間の改善ステップ数が大きく増え、最終的な最適化の深さが深まります。
結果として、同じ予算でも前年比 10~20% 程度の効率改善が達成できるケースが多く報告されています。
導入から運用までのチェックリスト
AMS 導入を検討している事業者向けに、実務的なチェックリストを示します。
まず、事前準備フェーズでは、AWS アカウントの準備と IAM ロール設計を完了させることが必須です。次に、「受信側のシステム(SQS か Firehose か、どちらを選ぶか)」「データの保管先(S3 か Redshift か)」「分析ツール(Athena か QuickSight か、既存ツールか)」を決定します。
実装フェーズでは、Amazon Ads 側のコンソールで AMS の設定を有効にし、配信先を指定します。その後、受信側のシステムが実際にデータを受け取っているか、テストを実施します。一定期間(通常は 1~2 週間)のテスト運用を経て、本番運用に移行します。
運用フェーズでは、CloudTrail などのログ監視を常時有効にし、月次の費用確認を行います。データが流れているか、分析結果が期待値と一致しているか、定期的な確認が必要です。問題が生じた場合の対応窓口(AWS サポートか、導入パートナーか)を事前に決めておくことも重要です。
Amazon Marketing Stream の将来展開と業界トレンド
API の拡張と自動化ツール
2025年 10月時点で、Amazon は AMS の API(Application Programming Interface)をさらに拡張しています。例えば、Geographic Insights and Activation API というツールが登場し、地域別のパフォーマンスに基づいた入札自動調整が可能になりました。
今後、このような自動最適化機能が増えていくことが予想されます。AMS からのデータを基に、AI が自動的に入札額を調整する、予算を再配分するといった仕組みが、ネイティブに Amazon Ads 内で提供されるようになる可能性があります。事業者側としては、こうした機能が提供されるたびに、導入の是非を評価する必要があります。
マルチチャネルデータ統合の加速
Amazon は、Spotify や Microsoft Monetize といった外部のメディアプラットフォームとの統合を進めています。これにより、AMS が Amazon 内のデータだけでなく、Amazon DSP 経由での外部メディアでのパフォーマンスも統合的に配信するようになると予想されます。
結果として、「Amazon 発のデータパイプライン」が、オムニチャネル広告の中核的なデータ基盤になっていく可能性があります。
プライバシー規制への対応
欧州の GDPR や米国のプライバシー規制が強まる中、Amazon は AMS データの匿名化と集約化をさらに強化することを公言しています。これにより、事業者はより安心してデータを分析できるようになる一方、個人単位の過度に詳細な追跡は制限される方向に向かうと考えられます。
まとめと実装への道筋
Amazon Marketing Stream は、従来の日次レポートから時間単位のリアルタイム広告データ配信への転換を実現するツールです。その仕組みは、JSON 形式のデータを SQS または Firehose 経由で AWS 環境に配信し、事業者側のシステムで柔軟に分析・活用できるよう設計されています。
主な利点としては、(1) 意思決定スピードの加速、(2) 季節変動やトレンド変動への即座の対応、(3) データドリブン経営への転換、などが挙げられます。特に、複数の広告商品を大規模に運用する事業者や、リアルタイムでの最適化を求める事業者にとって、導入の価値は高いと言えます。
導入上の課題としては、(1) AWS 環境の準備と技術知識、(2) 受信側システムの構築コスト、(3) データ量とそれに伴う AWS 料金、などがあります。導入前には、これらの課題をしっかり評価し、投資対効果を見極めることが重要です。
現役のEC事業者・システム開発者の立場から、以下の3つのステップをお勧めします。
第一に、小規模なパイロットプロジェクトとして、1つのキャンペーンか 1つの地域でのみ AMS を導入し、データフローと分析ワークフローを検証することです。ここで得られた知見により、本格展開時の設計が大幅に改善されます。
第二に、分析スキルの育成に投資することです。AMS からのデータを生かすには、SQL や データ分析の基礎知識が必須です。組織内にこうしたスキルがない場合、人材育成かコンサルタント活用を検討すべきです。
第三に、継続的な費用監視と ROI 評価を行うことです。AMS による効率改善がどの程度の金銭的効果をもたらすか、定期的に測定し、投資判断を更新することが大切です。
AMS は、確かに強力なツールですが、導入することが目的ではなく、それによって実際の広告効率の改善と売上向上を達成することが最終目標です。そこを常に念頭に置きながら、段階的かつ慎重に進めることをお勧めします。
